生成AIの話題は、たいていクラウドの話です。手元の端末で入力し、どこか遠くのデータセンターで計算され、結果が返ってくる。この前提を外すのがエッジAIです。
Podcast『The Update』では、Liquid AI株式会社の代表取締役会長で、元伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)会長の柘植一郎さんに、この分野の実際を聞きました。以下は、その内容をもとにエッジAIを整理したものです。
なお企業や製品に関する記述は、収録時点で柘植さんが語った内容にもとづきます。
エッジAIとは何か
エッジAIとは、AIの推論を端末側で実行する方式です。ここでいう端末(エッジ)とは、スマートフォン、カメラ、車載機器、産業機械など、ネットワークの末端にある機器を指します。
対になるのがクラウドAIです。こちらはデータをサーバーに送り、そこで計算し、結果を返してもらう。現在よく使われている生成AIサービスの多くはこちらの方式です。
違いは処理する場所だけですが、そこから派生する性質が大きく変わります。
エッジAIの3つの利点
1. データが外に出ない
もっとも直接的な利点はセキュリティです。
無駄な計算しないから、っていうことは通信しなくていい、イコールセキュリティかなり安心だよね
— 柘植一郎さん(Podcast『The Update』「真のグローバルってなに?」Part2)
処理が端末内で完結するなら、そもそもデータが外部に送信されません。機密情報を扱う現場や、個人データを預けたくない用途では、この一点で採否が決まることがあります。
2. 通信環境に依存しない
通信しないということは、電波がなくても動くということです。
携帯の中に入れて、例えば通訳ソフトを作って入れたりする。そうしたら別に通信しなくても、機内モードで使えるわけ
— 柘植一郎さん(Podcast『The Update』「真のグローバルってなに?」Part2)
機内モードで通訳が動く、というのはわかりやすい例です。工場の奥、地下、山間部、災害時など、通信が期待できない場所ほど価値が出ます。
3. 応答が速い
通信の往復がなくなれば、その分だけ遅延(レイテンシー)が消えます。人間の会話に割り込むような応答速度が必要な用途や、機械の動作を制御する用途では、この差が決定的になります。
ロボティクスやフィジカルAIといった、物理世界を相手にする領域でエッジAIが重視されるのはこのためです。判断が0.5秒遅れることが許されない場面では、クラウドへの往復そのものが成立しません。
「引き算」という設計思想
エッジAIを実現するうえで最大の制約は、端末の計算能力です。データセンターのGPUと同じ計算をスマートフォンにさせることはできません。
ここで方向性が分かれます。主流は、パラメータを増やすほど性能が上がるという考え方(スケーリング則)です。しかし柘植さんが会長を務めるLiquid AIは、逆を向いていると説明します。
パラメータを多くして性能上げていこうっていう方向性ではなくて、どっちかというとどこまで少なくできるかみたいな、引き算、そっちの方向の会社なんですよ
— 柘植一郎さん(Podcast『The Update』「真のグローバルってなに?」Part1)
無駄な計算をしないことを効率と呼び、それをミッションに置く。この発想は、AIデータセンターが消費する電力や水の問題への問題意識ともつながっていると柘植さんは語ります。
さらに踏み込むと、目標設定そのものが反転します。
逆にどんだけ性能を上げるかっていうことよりも、どんだけ性能の低いチップの上でどこまでできるのか、みたいなさ。そういう発想なんだよね
— 柘植一郎さん(Podcast『The Update』「真のグローバルってなに?」Part2)
最新の高価なチップを前提にするのではなく、すでに市場に大量にある枯れた低価格チップの上で何ができるかを問う。これは技術的な挑戦であると同時に、普及のさせやすさに直結する戦略でもあります。
どこで使われるのか
柘植さんが挙げた応用領域は、いずれも「端末側で完結すること」に意味がある場所です。
- 工場・生産現場 — 既存設備を大きく入れ替えずに知能を足せる
- ロボティクス/フィジカルAI — 応答速度が動作精度に直結する
- 農業・監視カメラ — 通信インフラが弱い場所で稼働する
- メガネ型デバイス — 消費電力と発熱の制約が厳しい
日本の生産現場については、柘植さんは独特の見方を示しています。すでにうまく動いている古い機械に、高価なセンサーを一律に付けることが本当に価値を生むのかという問いです。すべてをクラウド前提のシステムに置き換えるのではなく、必要なところに軽い知能を足す。エッジAIはその選択肢を増やすものだと言えます。
クラウドAIと競合するものではない
エッジAIはクラウドAIを置き換えるものではありません。大規模な学習や、膨大なコンテキストを扱う処理は、引き続きデータセンターの仕事です。
分かれ目は、**その処理が「どこで起きるべきか」**という点にあります。データを外に出せないか、通信が期待できないか、遅延が許されないか。このいずれかに該当するなら、エッジで動くことに固有の価値があります。
計算資源が潤沢にあることを前提にした設計と、制約のなかで何を削れるかを問う設計。この2つは目指す方向が違うだけで、どちらが優れているという話ではない、というのが柘植さんの立場でした。