AIの使い方についての記事は多いのですが、その多くは一般論です。実際に経営を担っている人が、日々どう使っているのか。
Podcast『The Update』では、Liquid AI株式会社の代表取締役会長で、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)会長、ベルシステム24社長などを歴任した柘植一郎さんに、自身のAI活用の実像を聞きました。特徴的なのは、AIを人格を持った役員に見立てる運用です。
なお、以下は収録時点で柘植さんが語った個人の運用と見解であり、所属企業の見解を示すものではありません。
まず置き換わるのはどの仕事か
前提として、柘植さんはAIによる代替が最も早く進む領域をはっきり名指ししています。決算分析などのアナリスト業務です。数字を読み、比較し、示唆を出す。これはAIの得意中の得意だという見立てでした。
経営企画の仕事についても同様です。複数のデータを分析し、資料にまとめ、英語版を作る。この一連の流れについて、柘植さんは自身の実感をこう表現しました。
3週間ゴリゴリエクセルで作ってましたっていうのが実態なわけだ。今はさ、クロードちゃんはさ、どう?1分ぐらいだぜ
— 柘植一郎さん(Podcast『The Update』「真のグローバルってなに?」Part4)
ここで重要なのは、削減されたのが単純作業ではないという点です。数週間かけて作られていた資料は、それなりに専門性を要する仕事でした。
学習させるAIと、学習させないAI
柘植さんの運用でもっとも独特なのが、複数のAIの使い分け方です。OpenAI、Claude、Geminiの3つを併用しているといいます。
分け方の軸は、機能や性能ではありません。情報を教え込むかどうかです。
- 学習させるAI — 個人情報を含めて教え込み、自分の文脈を理解した状態に育てる。柘植さんはこれを「社内取締役」と表現します
- 学習させないAI — 情報を渡さない前提で使う。こちらは「社外取締役」にあたります
社内取締役は事情を知っているぶん、前提を省いて相談できます。社外取締役は事情を知らないぶん、独立した視点で見てくれる。企業のガバナンス設計をそのままAIの使い分けに持ち込んだ形です。
実務的に見ると、これは情報の機密度に応じて窓口を分けているということでもあります。どのAIに何を渡したかが運用として明確になるので、渡してはいけない情報が混ざるリスクを構造的に下げられます。
ハルシネーションを何と比べるか
AI活用を躊躇する最大の理由として挙がるのがハルシネーション(もっともらしい誤り)です。これについて柘植さんの反論は、比較対象を変えるものでした。
僕なんか社長やってて毎日人間からレポートされます。俺の見たとこ5割ぐらいハルシネーションだぞ。オープンAIの方は1%、いいじゃんそれで
— 柘植一郎さん(Podcast『The Update』「真のグローバルってなに?」Part4)
論点は「AIは間違えるか」ではなく「何と比べて間違えるか」だ、ということです。経営者に上がってくる人間のレポートにも、誤認、都合のいい解釈、忖度が含まれる。それを前提に意思決定してきたのだから、AIにだけゼロを求めるのは筋が通らない。
もちろん、これは検証しなくてよいという話ではありません。重要な判断では裏取りが前提になります。ただ、導入するかどうかの判断において「AIは誤る」という理由が決定打にならない、という整理は実務的です。
入力は音声で
もうひとつ、すぐ真似できる運用として音声入力があります。柘植さんは移動中や生活のなかで音声で指示を出しており、長文になるほど音声のほうが楽だと語っています。文脈の理解についても、音声のほうが向上したという実感を述べていました。
キーボードに向かう時間をブロックしなくても指示が出せるということは、AIを使う場面が「作業時間」から「思いついたとき」に移るということです。
それでも変わらないもの
番組の終盤、これから変わらないものは何かと問われた柘植さんが挙げたのは、人間の性能でした。
人間ってエッジじゃん、どことも繋がってないわけよ。ただ食べてるだけで、微生物が分解して、ミトコンドリアがエネルギー供給して、脳を動かして筋肉を動かして、これたったの20Wとか30Wなんでしょ。どこにもGPU入ってないわけよ
— 柘植一郎さん(Podcast『The Update』「真のグローバルってなに?」Part4)
20から30ワットで思考も運動もこなす。外部の計算資源に接続せずに動く。この効率の高さを指して「エッジ」と呼ぶあたりに、エッジAIを扱う立場が出ています。
シンギュラリティについての見方も独特でした。
シンギュラリティなんてさ、人によって違って、僕にはもう来ちゃってるわけよ。この状態、シンギュラリティ来てると
— 柘植一郎さん(Podcast『The Update』「真のグローバルってなに?」Part4)
社会全体で一斉に訪れる転換点ではなく、使いこなした人から順に来るという捉え方です。この見方に立つと、待つ意味はなくなります。
柘植さんが最後に残るものとして挙げたのは、好奇心、美意識、そして失敗から立ち直る経験でした。効率だけを突き詰めた人間は魅力的ではない、という言い方をしています。AI活用の話として始まった対話が、人間の側に何を残すかという話で終わるのは示唆的です。