干ばつ対策と聞くと、灌漑設備や品種改良が思い浮かびます。しかし「土そのものに水を持たせる」というアプローチがあります。
Podcast『The Update』では、乾燥・干ばつ地域向けの土壌補水剤を開発する株式会社テラフォームCEOの日高聡さんに、その仕組みと現在地を聞きました。技術の説明として面白いのは、吸水力が高いほどよいわけではないという点です。
なお、以下の製品性能や試験結果は、収録時点で日高さんが語った同社の説明にもとづきます。
問題の規模
まず前提として、乾燥による農業被害はどれくらいの規模なのか。
世界中の40%程度の農作物の生産物は、毎年乾ばつや乾燥によって喪失していると言われているぐらい、結構世界中には多くて
— 日高聡さん(Podcast『The Update』「干ばつを潤して農業を救うジェル?」Part1)
代表的な地域として挙がるのはアフリカ、オーストラリア、カリフォルニアです。ここまでは想像がつきます。
意外なのは日本の状況でした。
水がこれだけ豊富だと思われている、自由に使える、しかも飲料水が綺麗な日本ですらですね、今もう夏場で、僕が数えた時も32都道府県で、田畑が枯れてしまっているという事実があったりします
— 日高聡さん(Podcast『The Update』「干ばつを潤して農業を救うジェル?」Part1)
異常気象により、7月から8月にかけて降雨量が前年比10分の1になる月が生じる。そうなると一時的に乾燥地域になってしまう、という説明です。雪国の印象が強い新潟でも、エリアによっては田畑がひどく枯れる事態が起きているといいます。
干ばつは遠い国の話ではなく、年に数週間、日本のどこかで起きている問題として捉え直したほうが実態に近いことになります。
ハイドロゲルで土に水を持たせる
仕組みは単純です。ハイドロゲルを乾燥した粉末の状態で土に混ぜ込み、そこへ水をやる。ゲルが水を抱え込み、土が乾いてきたときに放出する。これによって作物の発芽と根張りを助けます。
ハイドロゲルという素材自体は珍しいものではありません。身近な例が紙おむつです。しかし、ここに落とし穴があります。
吸水力が高すぎると、水は作物に渡らない
おむつのハイドロゲルで一番吸うやつって、3000倍とか吸うって言われてるんですよ。……そうするとですね、水をガチガチに、そういう奴らって分子レベルで抱え込んでて、なかなか乾燥状態になっても作物側に水をやらない
— 日高聡さん(Podcast『The Update』「干ばつを潤して農業を救うジェル?」Part2)
おむつに求められるのは、吸った水を絶対に離さないことです。用途として正しい。しかし農業で必要なのは正反対で、乾いてきたら水を手放してくれることです。
保水すればするほどいいわけでは決してなくてですね……吸水能力が高いっていうのと、放出能力が高すぎるっていうのは、ほぼニアリーイコールで
— 日高聡さん(Podcast『The Update』「干ばつを潤して農業を救うジェル?」Part2)
つまり設計上の要件は「たくさん吸う」ではなく、吸水力と放出力のバランスになります。スペック表の数字が大きいほど優れている、という読み方が通用しない領域だということです。
保水力の測定には、業界標準としてティーバッグ法が使われます。高吸水性樹脂の分野では、試料を袋に入れて0.9%の食塩水に浸し、一定時間後に遠心分離で余分な液を切ってから重量を量り、単位重量あたりどれだけ保持できるかを求める手順が一般的です。
実証試験の結果
新潟の農家で行われたキャベツの比較試験について、日高さんは次のように報告しています。
湿重量で1.5倍ぐらいでかくなって、体積で比較すると2.4倍ぐらいでかくなってまして、根っこで言うと2倍ぐらいでかくなってたんですよ
— 日高聡さん(Podcast『The Update』「干ばつを潤して農業を救うジェル?」Part2)
未使用区との比較で、湿重量が約1.5倍、体積が約2.4倍、根が約2倍。これは同社の実証試験における自社報告値であり、条件の異なる圃場でそのまま再現されるとは限りません。数字そのものより、根の生育差が出ているという点が仕組みの説明としては重要です。
もうひとつ、事業として重視されているのが価格でした。既存のハイドロゲル製品は高価で、農家が買えないことがボトルネックになっていた。そこで農家が導入できる価格帯を前提に、素材から設計し直したといいます。技術的に可能かどうかと、現場で使えるかどうかは別の問題だということです。
「土壌改良材」と名乗る理由
この製品に関して興味深いのが、カテゴリの選び方です。日高さんは自社製品を、農業資材として注目度の高いバイオスティミュラントとは呼んでいません。
- バイオスティミュラント — 植物そのものに作用し、環境ストレス耐性や生育を助けるもの
- 土壌改良材 — 石灰などと同じく、土の側の機能を補うもの
この製品が働きかけるのは土であって植物ではない。だから土壌改良材である、という整理です。より新しく響くカテゴリを名乗ったほうが訴求しやすい場面でも、作用の実態に合わせた分類を選んでいる。
関連して、生分解性についての説明も同じ考え方に立っています。100%自然由来で微生物に分解されるため、毎年散布する必要があります。一見すると欠点ですが、国が実施する土壌の資材蓄積調査やオーガニック認証の取得を考えると、土に残らないことはむしろ利点になる、という主張です。
乾燥と洪水は同じ問題の裏表
最後に、この分野の見取り図として押さえておきたいのが、異常気象の現れ方です。
同じ地域で、乾燥による枯死と、線状降水帯による洪水が交互に起きる。降水量の総量ではなく、降り方の偏りが問題になっています。
土に水を持たせるという発想は、この偏りを土壌側で平準化しようとする試みだと言えます。降ったときに蓄え、降らないときに出す。灌漑インフラを敷けない場所や、年に数週間だけ乾燥する日本のような土地では、この方向の対策が現実的な選択肢になります。