「土」という言葉を、私たちは日常的に使います。しかし改めて「土とは何か」と問われると、砂とどう違うのか、岩を砕いたら土になるのか、答えに詰まる。
Podcast『The Update』では、『土と生命の46億年史』の著者で福島国際研究教育機構の土壌学者・藤井一至さんを迎え、この問いを扱いました。結論から言うと、土壌学の定義は驚くほどシンプルで、そして月まで話が広がります。
土とは「岩石と生物が交わった場所」
土壌学では、生物活動があることを土の前提条件に置きます。岩石のゾーンと生物のゾーンが重なった領域、それが土です。
岩石も土じゃないんですけど、そこに根っこが入ったり微生物が定着した瞬間、それが土なんですよ
— 藤井一至さん(Podcast『The Update』「田んぼと土壌の不思議」Part3)
この定義を採ると、いくつかの直感がひっくり返ります。
まず、砂も岩石も、それ自体は土ではありません。粒の細かさは関係がない。逆に、生物が入り込んだ瞬間に土になります。
そしてもうひとつ、逆向きの帰結があります。実験のために殺菌処理をした土は、何と呼べばいいのか。藤井さんの答えは端的でした。
ちょっと前まで土だったものとしか言いようがないですね
— 藤井一至さん(Podcast『The Update』「田んぼと土壌の不思議」Part3)
見た目も成分もそのままなのに、微生物を失った時点で土ではなくなる。土とは物質の名前ではなく、状態の名前だということです。
土はどうやってできるのか
では、岩石はどのようにして土になるのか。おおまかには次の順序をたどります。
- 岩石が風化する — 酸性雨などで岩石が溶け、再結晶して粘土が生まれる
- 最初の生物が定着する — 火山灰の跡地では、溶け出した鉄を使って窒素を固定する細菌がまず有利になる
- 窒素が増える — 固定された窒素をもとに、他の微生物や植物が入ってくる
- 遷移が進む — 一次遷移から二次遷移へと生態系が積み上がり、最終的に森になる
興味深いのは、この過程で植物や微生物が自ら酸を出して岩石を溶かしていることです。栄養を得るための行為が、結果として土を作っている。
土を作ることっていうのは、植物と微生物が生きることのもう同じ逆の面で、表裏一体っていう感じで
— 藤井一至さん(Podcast『The Update』「田んぼと土壌の不思議」Part3)
できあがる粘土の種類は地形によって変わります。山にはバーミキュライトやカオリナイト、田んぼのような低湿地にはスメクタイトが多い。ちなみにスメクタイトは猫砂と同じ成分で、水中の物質を吸着する性質があります。
なぜ土は人工的に作れないのか
これだけ仕組みがわかっているなら、工場で作れそうにも思えます。しかし藤井さんの答えは明確です。
いまだに土を製造することはできない
— 藤井一至さん(Podcast『The Update』「田んぼと土壌の不思議」Part2)
理由は主に2つあります。
ひとつは、土の主要成分である腐植酸の構造式がいまだに解明されていないこと。何を作ればいいのかが定まっていません。
もうひとつは、生成に関わる生物の数です。大さじ一杯の土のなかに、およそ1万種の微生物がいます。それぞれが違う仕事を分担しながら、落ち葉を土に変えている。この分業を人工的に再現するのは、現状では不可能です。
ただし藤井さんは、作れないことで諦めてはいません。人工的に作ることはできなくても、生成を加速することはできるのではないか。それが研究テーマのひとつになっていると語っています。
月の砂は土なのか
ここまでの定義に従えば、生物のいない月に土はないことになります。ところが、この定義は実際に書き換えられました。
きっかけはNASAでした。月や火星を扱う立場からすれば、地球の生物を前提にした定義では現地の物質を呼ぶ言葉がなくなってしまう。
土って言葉は、お前ら地球の土の研究者のためだけにある言葉じゃないだろうよっていう
— 藤井一至さん(Podcast『The Update』「田んぼと土壌の不思議」Part3)
そこで定義が拡張され、生物がいなくても、岩盤とは異なる物質に変化していれば土と認めるようになりました。
月面では、太陽光による膨張と収縮の繰り返しで岩石がバラバラに砕けています。これがレゴリスと呼ばれるもので、アポロ11号のアームストロング船長は月面を「パウダー」と評しました。
ただし地球の土とは決定的な違いがあります。
僕から言うと、それはまだ粘土が足りない。月はほとんど水がないと言われているので……それでも月は月なりの土があると
— 藤井一至さん(Podcast『The Update』「田んぼと土壌の不思議」Part4)
粒の細かさは小麦粉ほどに達していても、水がなければ粘土にはなりません。粘土鉱物は、岩石が水に溶けて再結晶することで生まれるからです。
定義がふたつある、ということ
ここで大事なのは、どちらが正しいかではありません。土には定義がふたつあり、どちらを使ったかを明示する必要がある、というのが藤井さんの立場です。
地球の土壌学は、生物活動を前提とする保守的な定義を採ります。惑星科学は、それを拡張した定義を採ります。同じ「土」という言葉でも、指しているものが違う。
言葉の定義が科学の進み方に合わせて拡張されていくというのは、それ自体が面白い現象です。そして地球に住む私たちにとっては、いま足元にあるものが「岩石と生物が交わった、作ることのできない状態」だと知ることのほうが、たぶん実感に近い。