アニマルウェルフェア(動物福祉)という言葉は、賛否の議論として語られがちです。しかし現場で起きているのは、もう少し具体的な変化でした。

Podcast『The Update』では、東京農工大学教授でアニマルウェルフェア研究の新村毅さんと、和牛肥育のDXに取り組むNTTテクノクロスの赤野間信行さん・大家眸美さんを迎えました。研究側と実装側が同席したこの回から、いま何がどこまで進んでいるのかを整理します。

アニマルウェルフェアとは何を問うものか

アニマルウェルフェアは、家畜が本来の行動をとれる状態で飼われているかを問う考え方です。

抽象的に聞こえますが、鶏で言えば具体的です。砂浴びをする、高い場所で眠る、羽を広げる。こうした行動がとれるかどうかが基準になります。

新村さんが紹介していた例が象徴的でした。鶏は夜、いちばん高い止まり木で眠るという通説がありましたが、これを映像で実証したところ、5階建ての止まり木で全羽が最上段に集まったといいます。

今のニワトリって別に誰からも食べられないのに、そういう本能が残ってるっていうのがすごい面白かったですね

— 新村毅さん(Podcast『The Update』「動物と会話!?」Part2

捕食者のいない環境でも、高いところで眠ろうとする。この本能を発揮できる設計になっているかどうかが、飼育方式を分けます。

4つの飼育方式

東京農工大学には、飼育方式を比較して見られる施設があります。ケージ、エンリッチドケージ、平飼い、そしてエイビアリー(多段の止まり木を備えた立体的な放し飼い)の4方式に、屋外運動場を加えたものです。

新村さんによれば、これらを一施設で見られる場所は世界的にも稀だといいます。実際に訪れた人は、鶏が砂浴びをする様子などを見て価値観が変わることが多いとのことでした。

議論を文章で読むのと、行動を目で見るのとでは、受け取り方が変わる。この施設が果たしている役割はそこにあります。

欧米で起きた「革命」

世界の状況について、新村さんは数字で語っています。

10年前ぐらいはケージフリー、その放し飼いの鶏が10%もいかなかったぐらいのところから、今もう40%とか50%に到達するよねぐらい。本当に革命みたいなことが生じている

— 新村毅さん(Podcast『The Update』「動物と会話!?」Part2

10年で1割未満から4〜5割へ。法規制も並行して進んでいます。日本は微増にとどまっているものの、段階的には変化しているという評価でした。

注目したいのは、この変化が理念だけで起きたのではないという点です。

高くても買うよっていう人が60%以上いるので、結局スーパーとかでケージの卵売っても売れないんですよね

— 新村毅さん(Podcast『The Update』「動物と会話!?」Part3

放し飼いの卵は生産コストが高く、衛生管理も複雑になります。それでも消費者の6割以上が高くても買うのであれば、ケージ卵はむしろ売れ残る。経済合理性が逆転したわけです。

日本との差は、意識の差というより、この逆転が起きているかどうかの差だと言えます。

技術は何をしているのか

アニマルウェルフェアの議論は飼い方の設計に集まりがちですが、この回の後半で扱われたのは、動物の状態を検知して介入する技術でした。

ひよこの鳴き声から情動を読む

新村さんの研究室では、ひよこの「ピヨ」という鳴き声に2種類あることを見つけています。

喜びのピヨと悲しみのピヨがあるってことが分かってきたんですね

— 新村毅さん(Podcast『The Update』「動物と会話!?」Part1

発見の方法は地道なものでした。大学院生が録音をスペクトログラム(音の波形画像)に変換し、動画と照合してラベルを付けていく。その積み重ねで違いが見えてきたといいます。

さらに、母鶏がストレス時に「コッコッコ」と鳴くとひなが落ち着き、鳴き声が喜びのピヨに切り替わることもわかりました。そこで、AIが悲しみのピヨを検知したらスピーカーで母鶏の声を自動再生する仕組みが作られています。新しい環境でのストレスや、鶏が一箇所に集まって起きる圧死事故を減らすための応用です。

声かけで牛を起こす

NTTテクノクロス側の事例は、より切迫したものでした。黒毛和牛の肥育では、第一胃の発酵で生じたガスがたまる鼓脹症により、牛が夜間に起立不能になることがあります。

立てなくなったら2、3時間で死んでしまう。これは病気とかなんでもなくて、本当に事故ですよね

— 赤野間信行さん(Podcast『The Update』「動物と会話!?」Part1

そこでカメラで危険な姿勢を判定し、自動で声をかけるサービスが開発されました。牛は草食動物で聴覚が敏感なため、声かけが有効に働きます。これにより起立困難で死ぬ牛はほぼゼロになったといいます。

ここで見落とせないのが、人間側の負担です。夜間に見回りをしない農家は、朝、農場に入るときに何が起きているかわからない不安を抱えている。800〜900キロの牛を夜中に起こす作業も重労働です。動物福祉と生産者の負担軽減(ファーマーズウェルフェア)は、この現場では同じ方向を向いています。

本当の争点は担い手かもしれない

シリーズの終盤で語られたのは、飼い方以前の問題でした。

大企業は労働環境の改善(休みの確保、夜勤の削減)を進めている一方、中小の農家では親の代で廃業する例が少なくない。加えて飼料の輸入依存という構造的な問題があります。

これからどんどん需要が高まってくる中で、今も円安で弱くなってくる中、アジア諸国が力つけてきて通貨でも負けてしまう。人口減少もあるという中で、餌を買い負けちゃって穀物入ってこないんじゃないかっていう危機感っていうのは、ずっとみんな持ってる

— 赤野間信行さん(Podcast『The Update』「動物と会話!?」Part3

餌と担い手。この2つが解けなければ、10年後に国産の肉や卵、そしてそれに紐づく食文化を維持できるかどうかが危うくなる。

アニマルウェルフェアを「コストを上げる規制」として見るか、「担い手を確保するための労働環境改善と地続きのもの」として見るかで、話の見え方はかなり変わります。この回で示されていたのは後者の視点でした。